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前橋簡易裁判所 昭和36年(ハ)154号 判決 1965年3月30日

原告 星野さわ

被告(訴訟告知人) 寺尾ヨシ

訴訟被告知人 藤井重太郎

主文

原告の請求を棄却する。

訴訟費用は原告の負担とする。

事実

第一、当事者双方の申立の趣旨

(原告)

一、被告は原告に対し、別紙第二目録記載の建物を収去して、別紙第一目録記載の土地の明渡をせよ。

二、訴訟費用は被告の負担とする。

との判決並に仮執行の宣言。

(被告)

主文同旨。

第二、請求原因

一、原告は、かつて、前橋市向町甲一一二番宅地八二坪四合七勺を所有していたが、昭和二四年二月三日、前橋市都市計画区画整理事業により、群馬県知事から次のように仮換地指定を受けた。

(1)  右土地のうち五三坪九合四勺を

前橋市向町甲一一二番(甲)

換地 六五坪二合一勺に。

(2)  右土地のうち二八坪五合三勺を

同所同番(乙)

換地 三四坪五合に。

二、そこで、原告は、昭和二七年二月一三日、右(2) の換地を訴外藤井重太郎に代金四万八三〇〇円で売渡し、前記土地を二筆に分筆のうえ、甲一一二番の二宅地三四坪五合として、同年六月二三日、所有権移転登記手続を了した。

三、ところが、昭和二七年八月六日、群馬県知事から、前記換地処分を改めて、次のとおり変更する旨の指定を受けた。

(1)  前記土地のうち六九坪四合七勺を

前同所甲一一二番(甲)

換地 七六坪四合に。

(2)  前記土地のうち一三坪を

前橋市琴平町三三番

換地 一七坪四合に。

四、右変更処分により、原告は右(1) の土地を、訴外藤井重太郎は右(2) の土地を、各々使用収益する権限を有するにいたつたものである。

五、しかるに、被告は右仮換地指定の(1) の土地の一部である別紙第一目録記載の土地に、別紙第二目録記載の建物(以下本件建物という)を建築所有し、不法に占有している。

六、よつて、本件建物を収去して、別紙第一目録記載の土地を明渡すよう求める。

第三、答弁

一、原告が、かつて向町一一二番宅地八二坪四合七勺を所有していたこと、訴外藤井重太郎が原告から右土地の一部三四坪五合を買い受け、所有権移転の登記手続を了したこと、被告が本件建物を所有していることは、認めるが、その余の事実は争う。

二、訴外藤井重太郎が、原告から買い受けた宅地三四坪五合は次のように仮換地指定がなされていた。

(1)  前橋市向町甲一一二番の二(甲)

宅地 一六坪九合

(2)  同所甲一一二番の二(乙)

宅地 一七坪四合

その後、右(2) の指定については、指定変更がなされ、前橋市琴平町三三番宅地一七坪四合として飛換地の指定がなされた。

三、被告所有の本件建物は、右(1) の仮換地指定地上に建築されているものであつて、原告所有地上に存するものではない。被告は、右藤井から賃借りしているものである。

第四、抗弁

一、仮に、本件土地が原告所有地上に存するとしても、訴外藤井重太郎が、右土地を原告から買い受けた直後、原告の代理人である孫の星野寿男が右藤井と共に被告宅に来たり、今後地主が変つたから地代は藤井方に支払つてくれとの話があつたので、昭和二七年四月分以降今日まで同人に地代を支払つて来たものであり、占有土地の範囲についても、右両名立会の上、復興事務所職員が測量抗打までなしているものであつて、原告の主張は権利の乱用である。

二、本件土地の仮換地処分の際、被告の本件土地使用権につき、仮に特別都市計画法又は土地区画整理法に基く土地区画整理審議会の決議を得なかつたとしても、被告は本件土地につき、罹災都市借地借家臨時処理法第一〇条により当然に借地権を有している。

第五、抗弁に対する答弁

抗弁事実は何れも争う。

第六、証拠<省略>

理由

一、原告が、前橋市向町甲一一二番宅地八二坪四合七勺の所有者であつたことは当事者間に争いがない。そうして、その方式及び趣旨により公務員が職務上作成したものと認められるから真正な公文書と推定すべき甲第六号証の一乃至三、証人高橋周五郎の証言(第一回、第二回)、原告本人尋問の結果を総合すると、右土地について前橋復興都市計画土地区画整理が施行され、昭和二四年二月三日、群馬県知事から次のように仮換地の指定があつたことが認められる。

(1)  右土地のうち五三坪九合四勺を

四街区甲一一二番(甲)六五坪二合一勺に。

(2)  右土地のうち残二八坪五合三勺を

五街区甲一一二番内(乙)三四坪五合に。

二、そうして、当事者間に争いのない事実と、成立に争いのない甲第二号証、乙第二号証、証人藤井重太郎の証言(第一回、第二回)原告本人尋問の結果、並にこれ等の供述によつて成立を認め得る甲第七号証を総合すると、原告は、右仮換地指定を受けたので、右仮換地(2) 三四坪五合の売却を考え、昭和二七年二月一三日、訴外藤井重太郎に対し、代金四万八三〇〇円で売り渡し、数回の分割のうえ右代金を受領したので、同年六月二三日、前記土地八二坪四合七勺を分筆のうえ、甲一一二番の二宅地三四坪五合として、所有権移転の登記手続を了したものであることが認められる。

三、ところが、その後、成立に争いのない乙第五号証の二乃至七、証人高橋周五郎の証言(第一回、第二回)によると、右仮換地指定土地に隣接する道路計画に変更が生じたため、事業者側では再検討のうえ、昭和二七年八月六日、原告に対し換地予定地として、

(1)  前記八二坪四合七勺の土地のうち六九坪四合七勺を、

四街区甲一一二番(甲)七六坪四合に。

(2)  残一三坪を、

五街区甲一一二番(乙)一七坪四合に。

各々変更する旨決定通知したことが認められる。

この点につき、原告本人は、訴外藤井重太郎に売却した前記三四坪五合の仮換地指定地が、右変更処分により右(2) の一七坪四合に減縮されたものであると、強く主張するところであるが、この仮換地変更処分は、八二坪四合七勺の土地に対する昭和二四年の仮換地指定を白紙に戻し、改めて、換地予定地を指定したものであつて、後記の如く藤井重太郎への売却とは全く無関係になされているのであるから、原告本人の陳述をそのまま認めることはできない。

一方、被告は、前記三四坪五合の仮換地指定が、前橋市向町甲一一二番の二(甲)宅地一六坪九合と、同所甲一一二番の二(乙)宅地一七坪四合に、変更処分されたものであると主張するところであるが、この主張を認めるに足りる証拠は存しない。もつとも、成立に争いのない乙第六号証、第七号証の各記載や、証人藤井重太郎、高橋周五郎の各証言(いずれも第一回、第二回)、被告本人尋問の結果によれば、その主張を認め得るかの如き部分もあるが、成立に争いのない乙第五号証の一乃至七と右証拠を検討し併せ考えると、右のような仮換地指定変更処分がなされたことや、訴外藤井重太郎に対し仮換地指定がなされたことは全くなく、ただ単に、当時復興事務所職員であつた高橋周五郎が、仮換地変更処分後、右藤井から個人的に依頼されて、同人の指示する坪数に応じた位置を現地にあてはめるための測量をして、杭を打ち、メモのために換地確定図(乙第六号証)換地調書(乙第七号証)に右結果を任意記載したにすぎないこと、その後今日にいたるまで藤井は届出の手続もせずそのまま放任していること、復興事務所も正式の決定はせず放任していることが、認められるのであつて、この認定に反する証拠は他に存しない。

四、そうして、当事者間に争いのない事実と、当裁判所の検証の結果(図面、宅地)によれば、被告所有の本件建物は前記変更処分で仮換地指定のあつた(1) の四街区甲一一二番(甲)七六坪四合地上に建築されていることが明らかである。そうして、証人藤井重太郎の証言(第一回、第二回)及びその証言によつて成立を認め得る乙第三号証の一、二、並に被告本人尋問の結果によれば、被告は右占有部分を、昭和二七年四月以降、右藤井から賃料月六〇円(その後順次改訂され現在月五〇〇円)で賃借りしていることが認められる。

五、そこで、次に本件建物が占有する別紙第一目録記載の土地(即ち右(1) の四街区甲一一二番(甲)七六坪四合のうち一六坪)に対する原告等の権限について考察する。

(1)  先ず、原告と訴外藤井重太郎との売買契約について。

前示認定のとおり、右両者間において、売買の目的物が仮換地三四坪五合であつたことは明らかなところであるが、このような場合、原告は未だ仮換地については所有権を有していないのであるから、換地処分を停止条件とする条件付売買契約と通常解されている。そうして、従前の土地について権利変動に関する登記手続をした場合は、単に登記手続の処理上、登記簿上の表示のみを変更したにすぎず、従前の土地についての売買があつたものとは考えられていないようである。

しかしながら、このように解することは疑問である。従前の土地所有者は仮換地が指定されたからといつて、従前の土地に対する処分権を失うわけではなく、使用収益権が制約され、その代償として仮換地上に使用収益権能を付与されるものであつて、この権能は従前の土地所有権と運命を共にする一種の付随的な権能にすぎない。しかして、仮換地は換地処分がなされて確定するまでの間において、例えば区画整理内容が変更となり、或は整理事業自体の廃止等の、事情の変更に応じて、仮換地の指定が変更されるか、或は取消となり、仮換地がそのまま換地として認可されるとは決つておらず、その変動が内在的に予定されているものである。しかも、取引界にあつては、仮換地を前提として、順次権利関係が形成発展し、仮換地と換地処分までは著しい期間を必要とするのが一般である。(前橋市においても、昭和二四年に仮換地指定がなされて一六年を経過しながら、換地処分の実施年度については、事業者も予定がたたない状態にある)。そうとすれば、仮換地をもつて、取引の対象とし、かつ従前の土地に対する所有権移転の登記手続をも了した場合には、特別の事情、若くは特段の意思表示のない以上、仮換地のみならず、その背後にある従前の土地も亦、表裏一体をなして一個の取引の客体とされるものであり、一個の所有権の対象となるものと考えざるを得ない。仮換地の売買にあたつては仮換地が第一次的には取引の対象とされるが、仮換地指定の変更、取消があつた場合には、従前の土地が前面に出て来て、変更、取消後の権利関係の基礎となるものと解するのが、権利関係の変動や、当事者の真意にそうものであると考えられるのである。

そこで、本件については、原告から訴外藤井重太郎に対し、仮換地五街区甲一一二番の内(乙)三四坪五合だけでなく、この背後にある従前の土地である前橋市向町一一二番宅地八二坪四合七勺のうち甲一一二番二宅地三四坪五合(分筆後の表示)も亦取引の対象として、売り渡されたものと解する。

(2)  次に、本件仮換地変更処分について。

仮換地指定後、所有権者に変更が生じた場合、当事者の届出によつて、その変動に応じた変更指定をすることがあるのは別として、土地区画整理法は所有権の帰属については、もともと届出主義を取つてはおらず、職権調査主義を原則としているのであるから、本件のように仮換地指定通知後三年を経過し、しかも事業者側の一方的都合によつて、従前の指定を白紙に還元して、改めて、仮換地指定をする場合には、当然にその後の所有権の変動について十分の調査をなしたうえで、指定変更処分をなすべき義務があるものと解されるが、本件事業者はその調査を怠り、分筆のうえ所有権移転登記を経由した新所有者藤井重太郎の存在を看過して、変更処分をなしたものであるから、本件処分は違法なものというべきである。しかし、これがために、仮換地変更処分が当然無効となるほどのものとは解することができない。対抗力を有する所有権者は、右変更処分によつて、従前の土地に対応する仮換地上に対し使用収益権を失うことはないからである。ただ、使用収益権の及ぶ範囲が不明確になつたにすぎないものと考えられるところである。

(3)  使用収益権の及ぶ範囲について。

右のように、使用収益権能の及ぶ範囲が不明確な場合、譲渡人と一部譲受人との、仮換地に対する使用収益権の範囲については、未確定の状態にあり、一種の準共有関係に立つものであつて、仮換地の全部の上に、従前の土地を所有する割合に応じて各々の権能を有するものと考えられる。(この点につき、証人藤井重太郎の証言(第一回、第二回)、被告本人尋問の結果によれば、本件新換地に対し、原告若くはその代理人である孫寿男と藤井重太郎との間に、使用収益権の及ぶ範囲について、協議が整い、分割されたというが、証人星野寿男の証言、原告本人尋問の結果に照らし、容易に信用することのできないところであり、本件新仮換地については未だ準共有状態にあるものと解する。)

(4)  原告の妨害排除請求権について。

右のように、準共有状態と解する以上、原告は訴外藤井重太郎が、全体の土地に対する買受土地の割合をこえない程度で、共有持分に応じて新仮換地を使用する場合には、これに対して、妨害排除の請求をすることはできないものと解する。しかして、本件建物が占有する別紙第一目録記載の土地の範囲は、右藤井の従前の土地に対応する割合をこえない程度の部分にすぎないものと解されるところである。

六、以上によれば、被告は、右藤井から原告主張の土地を適法に賃借して占有しているものであり、右藤井の所有権若くはこれに基く使用収益権を援用しているのであるから、原告は被告に対し土地使用収益権を妨害するものとして明渡を求めることは、許されないものといわざるを得ない。

七、よつて、本訴請求はその余の点について判断するまでもなく失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担については民事訴訟法第八九条を適用して原告の負担とし、主文のとおり判決する。

(裁判官 大塚喜一)

(別紙)

第一目録

前橋市向町甲一一二番の一

一、宅地 四七坪九合七勺

(仮換地指定四街区甲一一二番(甲)換地七六坪四合)のうち、別紙図面朱線表示部分 一六坪

第二目録

前橋市向町一一二番地

家屋番号 同町一一二番の六

一、木造亜鉛メツキ鋼板葺平家建居宅一棟

建坪 九坪二合五勺

(但し、台帳上建坪六坪七合五勺と表示)

(別紙図面)<省略>

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